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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)9891号 判決 1997年1月23日

原告

松浦米子

外三名

原告ら四名訴訟代理人弁護士

辻公雄

青木佳史

赤津加奈美

秋田仁志

井上元

岩城裕

江角健一

小田耕平

加藤高志

吉川法生

齋藤眞行

高橋司

田中稔子

寺田太

内藤秀文

三嶋周治

峯本耕治

村田浩治

山田昌昭

雪田樹理

脇山拓

岡本栄市

工藤展久

佐田元真己

戸越照吉

右辻公雄訴訟復代理人弁護士

坂本団

被告

大阪市右代表者市長磯村隆文

谷和夫

外二名

被告ら三名訴訟代理人弁護士

千保一廣

江里口龍輔

田中義則

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告ら各自に対し、連帯して各金二九万五五〇〇円及び被告大阪市、同谷和夫、同田中昭、同辻昭二郎については平成四年一一月二八日から、同壷井美次については平成四年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告大阪市の監査委員であった被告谷、同田中、同辻、同壷井(以下「被告監査委員ら」という。)が原告らの地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項に基づく監査請求を違法に却下し、原告らの監査請求権を侵害したとして、被告らに対して国家賠償法に基づく損害賠償金(原告一人当たり二九万五五〇〇円)及び訴状送達の翌日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(証拠の挙示のない事実は争いのない事実)

1  当事者

原告らは、平成四年一月一六日当時、大阪市の市民であった(甲一の3の(1)ないし(4))。

被告谷、同田中、同辻、同壷井は、右の当時、大阪市監査委員であった者であり、被告大阪市は、法一九五条に基づき監査委員を設置するものである。

2  監査請求

原告らは、平成四年一月一六日、大阪市監査委員に対し、別紙「飲食状況一覧表」記載の各飲食(昭和六二年から平成元年までの間合計  件)に関して、同表「飲食者氏名」欄記載の者一二名(以下「本件飲食者」という。)が違法に被告大阪市の公金(食糧費)を支出させたとして、右飲食代金相当額を被告大阪市に填補賠償することを求める監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。

3  監査結果

被告監査委員らは、原告らに意見陳述や証拠提出の機会を与えることなく、平成四年二月三日、本件監査請求は請求期間を徒過しており、徒過したことにつき正当な理由が認められないから不適法であると判断して、本件監査請求を却下するとの監査結果を原告らに通知した。

4  住民訴訟の提起

やむなく原告らは、平成四年三月三日、本件飲食者中の一〇名及び支給手続関与者から合計三五名を被告として、大阪地方裁判所に住民訴訟を提起した(同庁平成四年(行ウ)二〇号。以下「本件住民訴訟」という)。

右訴訟の請求の趣旨は、被告らに対して飲食代金相当額(合計六三九万一五七六円)を大阪市に賠償せよというものであったが、そのうちの四〇件、合計三六三万二一七二円については、右訴訟の第一回口頭弁論期日までに本件飲食者中七名から自主返還された。

二  争点

1  本件監査請求を却下したことの違法性について

(一) 法二四二条一項の定める監査請求の制度に基づく住民の監査及び必要な措置を求め得る地位は、国家賠償法上保護されるべき利益といえるか。

(二) 本件監査請求のうち怠る事実に係る相手方に対する請求について法二四二条二項に定められた監査請求期間の適用があるか。

(三) 本件監査請求には、期間徒過につき法二四二条二項但書の正当な理由が存在するか。

(四) 原告らに意見陳述及び証拠提出の機会並びに補正の機会を与えなかったことが違法といえるか。

2  被告監査委員らの故意、過失の有無

3  被告監査委員らの損害賠償責任の有無

4  損害の有無及び額

三  争点に関する双方の主張

1  争点1(一)について

(一) 原告ら

監査請求制度は、地方公共団体の職員による違法又は不当な行為等により、地方公共団体の住民として損失を被ることを防止するために、住民全体の利益を確保する見地から職員の違法、不当な行為等の予防、是正を図ることを目的とする制度である。こうした制度の目的から、法二四二条三項は、監査請求を受けた監査委員に対し、監査を行う義務、監査結果を請求人に通知する義務、監査結果を公表する義務、必要措置を構ずべきことを勧告する義務、請求人に証拠の提出と陳述の機会を与える義務を課しているのである。これを監査請求する住民の側からみれば、このような監査委員の適法な応答を受けるべき地位の総体を監査請求権として有しているといえるのであり、これらの権利は不法行為の分野においても保護されるべき権利ないしは利益に当たる。したがって、監査委員は個々の請求人に対しても適法な応答の義務を負っているものといわなければならず、監査委員がこの義務に違反した場合には、請求人に対する不法行為を構成する。

(二) 被告ら

監査請求は、監査委員の職権の発動を促す契機となるものであり、住民は自己の法律上の利益に直接関わりのない事項について、専ら請求人を含む住民全体の利益のためのいわば公益の代表者として住民の立場において右請求をすることが認められているにすぎず、また監査結果等の有無内容は、当該住民の個人的な権利又は法的地位に影響を与えるものではないから、請求人が監査委員の監査を受けるという手続上の地位を個人的権利として保障したものではない。したがって、監査請求を求め得る地位は、法的保護の対象となる権利ないし利益とはいえない。

2  争点1(二)について

(一) 原告ら

本件監査請求には、私的飲食代金を被告大阪市の公金から支出させた市会議員に対する損害賠償を求める旨の請求も含まれていた。右は、法二四二条一項の財産の管理を怠る事実に係る相手方に対する損害賠償もしくは不当利得返還の請求に該当するところ、その場合の監査の対象は財務会計上の行為が違法無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実に係るものではないから、法二四二条二項の適用はない(最高裁昭和五三年六月二三日判決・判時八九七号五四頁)。したがって、本件監査請求のうち怠る事実に係る請求を、請求時間を徒過したことを理由に却下した被告監査委員らの行為は、違法である。

(二) 被告ら

本件監査請求は、飲食代金の支出が違法不当な公金の支出であるとして、本件飲食者及び支出手続関与者らに対してその返還を勧告せよというものであって、財産の管理を怠る事実に係る相手方に対する損害賠償の請求もしくは不当利益返還の請求を含むものではない。

仮に含むとしても、監査の対象は財務会計上の行為が違法無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実に係るものであるから、法二四二条二項の適用がある(最高裁昭和六二年二月二〇日判決・民集四一巻一号一二二頁参照)。したがって、被告監査委員らの行為に違法はない。

3  争点1(三)について

(一) 原告ら

本件監査請求に係る公金(食糧費)の支出は、昭和六二年から平成元年六月までの間になされたものであるが、右支出は、支出命令書に虚偽の記入をするなどして、秘密裡になされたものである。また、原告らが、右支出の情報を得たのは平成四年一月ころであって、知り得た時から相当の期間内に本件監査請求を行った。したがって、本件監査請求には、請求期間徒過につき、正当な理由があり、監査請求を却下した被告監査委員らの行為は違法である。

(二) 被告ら

本件監査請求にかかる公金(食糧費)の支出の一部については、既に平成元年一二月一六日に、売上台帳の一部とともに新聞報道されており、注意深い住民であれば、その頃から相当の期間内に監査請求することができたといえるから、本件監査請求に正当な理由はなく、被告監査委員らの行為に違法はない。

4  争点1(四)について

(一) 原告ら

監査委員は、監査を行うに当たっては、請求人に意見陳述や証拠を提出する機会を与えなければならないのに(法二四二条五項)、被告監査委員らはこれをせず、本件監査請求を却下した。

監査委員としては、住民から監査請求がなされればできるだけこれを受理して、監査を行うことが法の趣旨であり、しかも請求書に記載すべき請求の要旨には一〇〇〇字以内という制約があるのであるから、「期間徒過については正当な理由がある」記載があれば、補正を命じるべきであった。しかも、本件監査請求当時、被告大阪市の職員であった片岡勝三による公金詐取事件が明るみに出ており、公金による職員の私的飲食が問題となっていたのであるから、慎重に監査に当たるべきであった。このような事情のもとで、補正の機会を与えることなく、本件監査請求を却下した被告監査委員らの行為は違法である。

(二) 被告ら

監査委員は、住民監査請求が適法要件を欠く場合には、不適法であると判断して監査を行うことなく却下するのであり、その場合には、証拠の提出及び陳述の機会を与える必要はない。したがって、本件において、被告監査委員らが、本件監査請求を却下するに当たって原告らに補正を命じなかったことに違法はない。

5  争点2について

(一) 原告ら

被告監査委員らは、本件監査請求が具体的な公金の支出行為を指摘していたことから、これを受理すれば、公金支出の内容に立ち入って監査をしなければならない事態になることから、それを避けるべく、補正の機会も与えることなく却下したものであり、被告監査委員らには、故意又は少なくとも過失があった。

(二) 被告ら

右の主張は争う。

6  争点3について

(一) 原告ら

公務員の個人責任を否定する根拠は、公務員を賠償請求から保護することによって円滑な公務執行の実現を図ることに求められるから、公務員の行為が右の観点から保護に値しないと認められる場合には、公務員の個人責任を否定する必要はない。本件監査請求において、被告監査委員らは、意図的に職務を怠っているのであるから、このような同被告らの責任を否定することは相当でなく、むしろ、このような場合には、個人責任を肯定することが、公務員の円滑な職務執行の実現を図ることになる。

(二) 被告ら

公権力の行使に当たる国又は公共団体の職員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合には、当該公務員の所属する国又は公共団体がその賠償の責めに任ずるのであって、公務員個人は損害賠償責任を負わないことは確定した判例であるから(最高裁昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)、被告監査委員らに対する請求は理由がない。

7  争点4について

(一) 原告ら

(1) 慰謝料 各一〇万円

(2) 本件住民訴訟の裁判費用

各一九万五五〇〇円

原告らは、本件住民訴訟を提起するに当たり、その代理人弁護士との間で、相当額の着手金と報酬(少なくとも勝訴に伴い大阪市から支払を受けられる裁判費用の填補費用額)を支払うことを約した。

ところが、前記一4記載のとおり、本件住民訴訟の一部の被告らが三六三万円余を自主返還したため、原告らは、この部分については勝訴することができなくなり、勝訴の場合に大阪市から填補される筈であった費用七八万二〇〇〇円の支払を受けることができなくなった(法二四二条の二第七項参照)。

被告監査委員らが本件監査請求を適切に処理していたならば、少なくとも右の自主返還に対応する部分については、本件住民訴訟を提起する必要はなかったから、原告らの右の損失は、被告らの違法行為によって生じたものである。

(二) 被告ら

本件住民訴訟において自主返還されたのは一部の飲食代金相当額にすぎず、右訴訟は未だ係属中であるから、原告ら主張の弁護士費用相当額については、大阪市から填補を受けられなくなったことが確定したものではなく、損害として発生しているとはいえない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(一)について

監査請求は、住民が自己の法律上の利益に直接関わりのない事項について、専ら請求人を含む住民全体の利益のために公益の代表者としての住民の立場において認められているものであり、監査結果の有無内容が直接、当該請求人の個人的な権利又は地位に影響を及ぼすものでないことは、被告らの主張するとおりである。しかし、個人的な権利又は地位に直接影響を及ぼすものではないことから、直ちに国家賠償法(不法行為法)において保護されるべき利益がないということはできない。すなわち、法は、住民に対して、住民全体の利益のために、違法もしくは不当な公金の支出等があると認められるときに監査請求することを認め、これに対応して、監査委員に対しては、監査を行い監査の結果を通知すべき義務等を負担させているのであって(法二四二条三項)、こうした監査義務等の負担は、法が監査請求を単なる監査の契機として位置付けるだけではなく、住民の監査請求を地方自治体に対する権利として保障し、監査を通して地方自治体の行う違法不当な公金の支出等に対する予防是正機能を持たせていることを示しているということができる。このように、住民の有する監査請求権は、個人の権利や地位に直接影響を及ぼさない公法上の権利ではあるが、地方自治の精神から法が個々の住民に認めた権利であることからすると、地方自治法上のみならず、国家賠償法(不法行為法)上においても保護に値する権利ないし利益に当たるものというべきである。

もっとも、右のような監査請求権の性質や住民訴訟による不服申立ての方法があることを考慮すると、監査請求権に対する侵害が国家賠償法一条に照らして違法と評価し得るためには、単に監査結果がその直接の根拠法令に違背するというだけでは足りず、当該監査委員が違法又は不当な目的を持って監査をしたなど、監査委員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

二  以下、右の観点に立って、争点1(二)ないし(四)について判断する。

1  争点1(二)について

本件監査請求は、本件飲食者がした私的飲食に対して、被告大阪市が公金(食糧費)を支出したとして、当該行為者に填補賠償を求めるものであるところ、本件監査請求に係る大阪市職員措置等請求書(甲一の1)の記載からすると、原告らの求める監査の対象を当該職員に対する請求に限定する趣旨とは解されないから、右監査請求は、財産の管理を怠る事実の相手方に対する請求をも含むものということができる。

次に、怠る事実の相手方に対する請求については、原則的には法二四二条二項の規定(請求期間の定め)の適用はないけれども、当該請求が財務会計上の行為が違法無効であることに基づいて発生する請求権である場合には、右の規定が適用されると解される(被告ら引用の最高裁昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決参照)。

そこで、これを本件監査請求についてみるに、原告らが監査を要求した債務負担行為は、本件飲食者の飲食店での公金による飲食行為であり、本件飲食者に対する請求権は、右債務負担行為に基づいて公金が支出されたことにより本件飲食者が得た不当利得の返還請求権ないし右債務負担行為を原因として被告大阪市に公金を支払わせたことによる損害賠償請求権であって、いずれも右債務負担行為である公金による飲食行為の違法無効を原因とするものである。そうであれば、本件監査請求は、財務会計上の行為である債務負担行為の違法であることに基づいて発生した請求権について、その行使を求めるものといわざるを得ない。したがって、本件監査請求のうち、怠る事実の相手方に係る請求についても、法二四二条二項の適用があることになるから、この点について、被告監査委員らの判断に誤りはない。

2  争点1(三)、(四)について

(一) 本件監査請求は、昭和六二年から平成元年にかけての公金の支出を対象としており、本件監査請求がされた平成四年一月一六日には、既に法二四二条二項にいう当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過し、監査請求期間を徒過していたから、右の請求期間徒過について「正当な理由」があったか否かが問題となるところ、被告監査委員らは、右正当な理由が認められないとして本件監査請求を却下したものである(前記第二の一3で認定したとおり)。

(二) そこでまず、右の措置の当否について検討するに、いかなる場合に「正当な理由」があるかについては、① 当該行為が秘密裡にされた場合は、特段の事情がない限り、地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、② 当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものといえる(最高裁昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・判例時報一二八〇号六三頁参照)。

(三) 本件監査請求がなされた経緯及び被告監査委員らが右請求を却下した経緯についてみると、前記第二の一で認定した事実と証拠(甲一の1、2の(1)ないし(3)、二、三、七、八、一六の1ないし3、一七ないし二五の各1、2、三二、四四、乙一ないし五、証人竹内範夫、原告松浦、被告谷、被告田中)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告大阪市においては、平成元年一一月に公金の不正使用問題が表面化し、新聞等のマスコミによって連日報道されるようになった。

(2) 産経新聞は、平成元年一二月一六日、同新聞社が入手した昭和六一年から平成元年の売上台帳等の資料及び関係者の証言によって、大阪市水道局の幹部職員が高級クラブで飲食し、職員らは白紙の勘定書(請求書)を同クラブに要求していたことをつきとめ、そのことからして、架空接待や会合による公金支出の疑惑があることを報じた(乙一)。また、同社は、同月一八日、同じく右資料と関係者の証言により明かになった事実、つまり、同水道局労働組合幹部と市側が同クラブで飲食し、その費用が互助組合の経費から支払われたことを報じた(乙二)。更に、同社は、同月一九日、右入手した売上台帳の一部の写しを掲載するとともに、同資料及び関係者の証言によって明らかになった事実、つまり、大阪市人事部の職員の同クラブでの飲食代金が、大阪市職員共済組合から支払われたことを報じた(乙三)。なお、右新聞記事にはクラブ名は記載されていなかった。

(3) 原告らは、平成二年一月に結成された「市役所見張り番」に所属する者であるが、原告ら又は右見張り番のメンバーらは、そのころから平成三年五月ころにかけて、新聞記事等をもとに数次にわたり、大阪市監査委員に対し、公金の不正支出についての監査請求をした。

(4) 原告らは、平成二年七月ころまでには、大阪市の元職員であり、大阪府の公金(食糧費)を詐取して起訴された片岡勝三の供述調書を手に入れたが、その供述調書の一つである甲第二五号証には、大阪市では、食糧費を支出する際には、支出決議書や支出命令書が必要であるところ、その記載が簡略化され、また事前の決裁もなされなかったことから、虚偽の記載をしてもそのまま支出される状態であったこと、片岡勝三は、すべてではないものの、このような虚偽の記載をして大阪市から食糧費名目で金員を詐取したことが記載されていた。

(5) 原告らは、右片岡勝三の供述調書を入手後、そこに記載されている飲食先のクラブ等を調査し、平成三年一二月に至り、本件監査請求にかかるクラブ「セラ10時館」の昭和六二年から平成元年七月までの間の売掛台帳(甲一の2の(1)ないし(3))を入手した。なお、前記(二)の平成元年一二月一九日に報道された売上台帳は、右「セラ10時館」の売掛台帳の一部であった。

(6) 原告らは、右売掛台帳を分析調査して別紙飲食状況一覧表を作成し、平成四年一月一六日、これらの資料を添付して本件監査請求に及んだ。

(7) 本件監査請求に係る監査委員会議は三回開催されたが、同年一月二二日の第一回会議には、原告ら提出の資料のほか、前記(二)記載の産経新聞の記事三枚(乙一ないし三)が事務局によって配布された。そして、右会議の結果、正当な理由の判断資料となる判例等を調査の上で審議を続行することになった。

(8) 同月二八日の第二回会議には、事務局で準備した資料(主として正当な理由に関する判例の要旨を集めたもの)が配布され、これと前回配布済みの資料とをもとに審議された結果、本件監査請求については請求期間を徒過したことについて正当な理由は認められないということで被告監査委員らの意見が一致した。これを受けて、事務局で監査結果通知の案分を起案し、同年二月三日の第三回会議で右案分が確定された。

(9) 被告監査委員らは、本件の正当な理由を否定するについて、① 本件監査請求の対象となっている支出は概して秘密裡になされたものとはいえないし、② 仮に、秘密裡になされたものとしても、原告らは、相当の注意力をもって調査すれば、乙一ないし三の新聞記事が掲載された平成元年一二月ころには右の支出を知ることができた筈であると認定、判断したものである。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。原告らは、監査結果通知(甲二)には前記(7)記載の新聞記事(乙一ないし三)について何ら触れられていないから、これらが本件監査請求の審議過程で資料とされたとする証人竹内、被告谷及び同田中の供述は虚偽であると主張するけれども、「結果通知の中では右の新聞記事には触れるまでもないと判断した」との竹内証人の供述は別段不自然とも思われないから、原告らの右主張は採用することができない。

(四) 右認定事実に基づき、前記(三)(9)の被告監査委員の認定、判断の当否について考えるに、まず、①の秘密裡の点については、前記(三)(3)で認定したところからすると、少なくとも片岡勝三についての支出については支払決議書や支払命令書に虚偽記載があったものと推認されるところ、このような虚偽の記載に基づく公金の支出は「秘密裡になされたもの」というべきであるから、被告監査委員らの前記認定、判断は、全面的に正しいものということはできない。次に、②の点であるが、前記(三)(2)で認定したとおり、本件監査請求に係る支出の一部については、平成元年一二月に新聞報道がなされていたものの、記事にはクラブ名は記載されていなかったから、住民が相当の注意力をもって調査したとしても、この記事から直ちに飲食場所、飲食者を特定することはできず、したがって、右新聞報道の日をもって「当該行為を知ることができた時」と認定したのは相当とはいえない。

なお、原告らは本件監査請求において、当該行為が秘密裡か否かを判断しないこと自体が違法であると主張するけれども、前示のとおり、本件の監査結果(甲二)によれば、秘密裡について一応の判断はされているものと認められる。

以上によれば、本件監査請求については、請求期間を徒過したことに正当な理由を具備する部分が存在したことになり、これを全部却下した被告監査委員らの行為は、法二四二条に照らして違法といわざるを得ない。

(五) そこで進んで、被告監査委員らの右行為が、国家賠償法(不法行為法)上も違法と評価し得るか否かについて検討するに、既に第二の二1及び前記(三)で認定した諸事実並びに取り調べた前証拠を総合しても、未だ前記一で判示した、監査委員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情の存在を認めるには足りない。

原告らは、被告監査委員らは公金支出の内容に立ち入って監査する事態を避けるため、原告らに補正の機会を与えることなく、意図的に却下したと主張する。しかしながら、前記(三)で認定した本件監査請求の審議経過等に証拠(乙五、証人竹内、被告谷)を併せ考えると、被告監査委員らは、前記(三)(9)②のように判断するについて、売掛台帳は一般的に店に備え置おかれているものであること、新聞社は、平成元年一二月中には右売掛台帳を入手しこれに基づく報道をしていたことから、原告ら住民も相当の注意をもって調査すれば、本件の公金支出を知ることができたと判断したものと認められるのであって、この判断にもそれなりの根拠があったものというべきであるから、原告らの右主張を採用することはできない。

なお、原告松浦は、過去において大阪市監査委員が原告らの監査請求に対し、棄却又は却下を反復していたことを指摘するが、仮にそのような事実があったとしても、右に認定した被告監査委員らの判断過程及び内容に照らすと、右事実から前記の原告ら主張事実を推認することはできない。

(六) また、原告らは、補正の機会を与えなかったことが違法であると主張する(争点1(四))ので、この点について判断する。

法二四二条五項によれば、監査委員は、同条三項の監査を行うに当たって、請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えなければならないとしているところ、同条三項の規定は、監査請求について理由があるか否かの判断をした場合のその後の手続を定めた規定である。そうであれば、法二四二条五項の規定は、監査委員の行う監査請求が適法か否かの判断について規定したものとはいえず、監査委員は、監査請求の適法要件の審査に当たり、請求人に意見陳述は証拠提出の義務を負うものではなく、その裁量に基づき証拠の提出や請求人の意見陳述を求めることができるにとどまるものである。したがって、監査請求がなされた場合に、正当な理由の主張立証につき補正を命じるか否かも、監査委員の裁量に属するものということができる(監査手帳(甲三六)もこの趣旨を越えるものではない。)。

そこで、被告監査委員らが、本件監査請求につき、その裁量の範囲を著しく逸脱し違法と評価し得るような事情があったか否かについて判断するに、既に認定した本件監査請求がなされた経緯、右請求の内容((甲一の1の請求書には、「右違法不当な公金支出はいずれも市民に知り得ない方法によりなされていたものであり、期間徒過には正当な事由がある。」と記載されていた。)等に照らせば、被告監査委員らが正当な理由につき原告ら請求人に補正を促し、その事情を聴取しあるいは証拠の提出を求めることが相当であったということはできるけれども、前記認定の被告監査委員らの審議の経緯、判断内容等をも併せ考えると、被告監査委員らが補正を命じることをせず、また原告ら請求人に意見陳述や証拠提出の機会を与えなかったことをもって、その裁量の範囲を著しく逸脱したとまではいうことはできず、違法と評価することはできない。

三  以上によれば、争点2以下について判断を加えるまでもなく、原告らの請求は理由がないことになる。

(裁判長裁判官鳥越健治 裁判官遠山廣直 裁判官山本正道)

別紙飲食状況一覧表<省略>

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